2月28日、僕が農家になった日

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2月28日、阿部梨園で働いて以来最大のセンセーショナルな事が起こりました。AMは農林水産省の「働き方改革委員会」。PMは某農業サービス事業者さんのヒアリング。どちらも個人農家者側に近い立場で意見させていただいて、丁寧に傾聴していただきました。

そこで丁寧に耳を傾けてもらったからこそ、「なんで外の人たちは(個人)生産者の気持ちを腹で理解してくれないんだろう〜」「安全圏の方々に生産者のリアルな決死感をどうやって伝えたらいいんだー!」という強い感情が残りました。初めてのことです。

これはつまり、僕がとうとう、「内」の人になっていたのではないかと思うんですよ。心のなかでは完全に「なんで外の人たちは”オレたち”の気持ちを〜(号泣鼻水)」と一人称になっていたんです。

つまり、生産現場から一歩引いた客観的な立場で農家に関わってきた僕が、農家で働きながら農家になれなかった僕が、3年を費やしてようやく、気持ちだけでも農家になれた瞬間だと思うのです。ようやく、彼我の川を渡れた感じがします。そう気づいたとき、鳥肌が立つ感覚がありました。

長い間、経営改善に意識の向かない生産者は努力が足りない、適者生存で淘汰されても仕方がない、と上から目線で思っていました。でも今は、思いあふれる生産者がどうして経営に余力を残せないのか、どこに見えない抵抗感があるのか、どこで心の涙を流しているのか、肉親のことのようにシンクロしてしまいます。

これは、腹を割って農家のリアルをすべて見せてくれた阿部梨園(阿部さん)と、声にならない声を持ち寄ってくれたコンサル依頼者さん達のおかげです。

理にかなった決算書を作れない生産者が悪いのではなく、決算書でしか農家を読み取ろうとしない周囲に課題があるのかもしれない。販売側都合で型にはめようと、農家に業務の規格化を押し付けるからうまくいかないのかもしれない。僕が以前から主張してきたことと全く逆サイドの、反転した考え方があふれてきました。(これまでと話が合わない部分は、佐川も成長したということで、許してください。。)

生産者が世の中に適合するよう、生意気ながらも啓蒙したりダメ出しすることばかり言ってきました。これからは、生産者を弁護しながら、世の中も生産者と一緒に変われるよう、声を上げたいと思います。僕はどちらの立場にも立てますし、中間で仲裁者っぽくふるまうこともできます。

農業界で何かを成し遂げられている方は、この川を渡って彼岸にいらっしゃるのだとわかりました。これから渡る人、待ってます。なるべく早く!

僕は畑に出ません。農作業の苦労を知りません。でも、それを知っている人と3年半、毎日向き合ってきました。同じだけの努力と労を積んできたつもりです。こういうことを書く、土と汗の匂いのしない人間も、「心は農家です」と名乗っていいものでしょうか。名乗らせてもらえるなら、一層できることはありそうです。

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