この記事は、2016年5月21日に旧サイトで書いた記事を転載しました。


先日、農学系サークルのOBOG会(通称GOBOの会、ゴボー?)主催の就活生向けイベントに参加させてもらった。農業に関わる各業界から若手社会人が集い、どんな仕事をしているか、何を感じているか伝え合うイベントだった。生産者は少なくて、小売、食品、農協、インフラ、金融、行政、種苗や資材などのサプライチェーン上流、果ては広告や法曹、ベンチャーまで。規模の割に幅広い守備範囲で、学生側にはめっちゃお得だったと思う。僕は学生時代、環境系サークルに所属していたので、農学系サークルは存在さえ知らなかった。OBOGじゃないのに誘ってもらって、今関わっている業界の知り合いが増えて、自分にとってもお得な機会になった。

パネルディスカッションに声をかけてもらって、超短い時間だったけど、自分の働き方のアッピールをした。農家に勤めてるけど生産しない。代わりに経営をアップデートする。特殊だし、あんまり例がないし、それなりに興味持ってもらえたように思う。さわりだけでも面白がってもらえるのであれば、深く踏み込む時間をもらえれば、もっと具体的に提供できる価値があるような気がした。そういう機会を作ることにもう少し積極的になってもいいかもしれない。

学生と色々話した中で、核心的だと思ったやりとり。「(僕)農業の現場に踏み込むの楽しいよ」「(相手)それ絶対おもしろいです。日本の農業に必要です」「(僕)じゃあ現場に出てみたいと思う?」「(相手)えーと、それはちょっと、、、(収入低そう)(不安定そう)(大変そう)」ってなる。結局、生産者の立場に立つには、蛮勇と言えるほどのリスクテイクが必要な雰囲気になる。無難に、農家を「支援」しようという考えになり、周辺業界に就職する。農学部生も非農家出身なら就農しないのが既定路線。僕も学生時代にはそう思ってた。周辺の、農業界全体を支えるような上流側もしくは下流側、行政やサービス業のほうがスケール感があり、付加価値も高くて、そのために大学で勉強してるつもりだった。でも、それって本当なのかな?本当ならなんでそういう構造なんだろう?っていう問いが頭に引っかかって、GOBOの会の帰り道でよくよく考えた。農家のことを助けたいけど、農家みたいな生活水準は敬遠するってどういうことなんだろう?

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